[ ホーム ] [ インドセンターとは ][ 活動歴 ] [ お問い合わせ ]
 
Welcome Message
Prespective
Media Center
Information & Contact
Initiatives by IC
Initiatives by IC










2006年
9月/「ナマステインディア2006」は9月23・24日に、インドセンターとその他の団体との共催により、東京の代々木公園で開催されました。インドの文化や社会、経済を紹介するこのイベントには、2日間でのべ8万人以上が訪れ、来場者は色彩豊かなインドを体験しました。

9月/インドセンター設立10周年記念パーティーの席で、インドセンターのイニシアティブによって制作されたウェブサイト「Voice Of India(www.voiceofindia.co.jp)」 のオープニング式が安倍首相によって行なわれました。この「Voice Of India」はインドのあらゆる情報を日本に向けて発信するゲートウェイとなることを目的として制作されたものです。


8月/ウッタランチャル州知事N.Dティワリ日本を訪問。

安倍官房長官と対談。晩餐会を開催

6月/マドゥヤプラデッシュ州のバブラガウル商業産業大臣が日本を訪問、インドセンターが日本の政財界要人との対談を主催。

2月/インドセンターの努力により、Jetro主催により、インドを訪問した百名あまりの日本の企業家が、マンモハン・シン首相との面会することが実現した。このことは、日本企業のインド進出への第一歩となった。

 




2005年
4月/小泉総理がインドを訪問。 マンモハン・シン首相との間で、「アジア新時代における日印パートナー シップ」として、「強いインドと強い日本、強い日本と強いインド」を提案。 インドセンターは小泉総理のインド訪問に際し、インド国民へメッセージを送ることを提案。メッセージは「Times of India」に掲載され、インド 国民は日本に対する親近感をさらに深めることになった。

3月/森元総理がインドを訪問。インドセンターは歓迎会を開催
インドの多くの著名人が出席した。

安倍晋三議員がインドを訪問。インドの政財界人と対談。

   

2004年
7月/インドセンターの主催で日印グローパル・パートナーシップフォーラムをインドで開催。衆議院議員古賀誠氏を団長とし、二階俊博氏を 副団長とする、「政財界・スポーツ・文化」の交流をテーマにした 訪問団が参加。インドのインフラに関するフォーラムを開催し、アドバニ野党代表、パテル民間航空省大臣、ケルカル財務大臣アドバイザー、アルワリア計画委員会委員長などがフォーラムに参加。さまざまなテーマが議論された中で、インドのインフラの必要性と、日本の役割が明確に された。ムンバイ?デリー間の新幹線構想が話された。

6月/エイズをテーマにしたインド映画「ニダーン」を国会にて上映。森元総理、鳩山由紀夫氏ら参加。

   

2003年
インドセンターのイニシアティブでCEO40Sプログラム「日印関係の歴史・現状・将来」研究グループ(約40名)がインドを訪問。インドのオピニオンリーダー達との交流会を実施した。

11月/インドセンターのイニシアティブにより朝日新聞社論説委員の加藤氏が21世紀の新しい力強いインドの取材で訪印。政治家や産業界の関係者及び文化人らと会談し、デリー、ムンバイ、コーチン、アンダマン諸島を訪問。

7月/作家であり、オピニオンリーダーでもある石川 好氏がインドを訪問。 バジパイ首相やアドバニ副首相、防衛大臣のジョージ・フェルナンデス氏らと意見交換を行なった。また、アンダマン・ニコバル諸島も訪問し、 州知事のN・N・ジャー氏とも会談した。



   


2002年
11月/インドセンター代表の結婚式に日本より百数十名の政治家・ 財界人が出席した。その際にCII(インド工業連盟)、FICCI
(インド商工会議所連盟)と共催で交流会を開催した。
10月/森元総理が特使使節としてインドを訪問
7月/フェルナンデス国防相が日本を訪問
4月/インド映画「ミモラ」を日印国交樹立50周年記念として、国会議事堂で上映、国会議員と民間企業の代表者が参加。 菅直人衆議院議員らがインドを訪問、 重要な地域であるアンダマン地域を訪問
日印交流50周年記念
1月/インドセンターのイニシアティブにより鳩山民主党党首がカシミール地方とインド国会を野党代表として訪問。バジパイ首相とも対談。

   

2001年
12月/インド国会がテロに襲撃される。

12月/バジパイ首相が日本を訪問。 小泉総理、森元総理、鳩山民主党党首らと会談。森元総理の調印した グローパル・パートナーシップ構想を再確認した。 インドセンターはバジパイ首相日本訪問の際の、グローバル・パートナーシップのコンテンツづくりに尽力した。

10月/森元総理が総理特使としてインドを訪問

9月/マハジャンIT相が9月に日本を訪問

2月/来日予定のバジペイ首相、国会演説の設定にインドセンターが努力したが、大震災により延期。
グジャラート大震災チャリティー映画際「Open YourEyes&Feel India/ミモラ」をインドセンターが主催。 インドから俳優のシャールク・カーンおよび女優のジュヒ・チャウラが来日。

1月/グジャラート大震災



   



2000年
10月/CII(インド工業連盟)はインドセンターのイニシアティブにより 日本を訪問、森総理に謁見。ビジネスリーダーなどとの交流会および 会談のホストをつとめる。
8月/森総理インド訪問に際して 「21世紀における日印グローバル・パートナーシップ」を調印。 森総理のインド訪問において、インド要人との会談を設定。 インドセンターのイニシアティブによって日本とインドの新しい関係を構築する努力が実り始めた。
6月/フェルナンデス国防相が日本を訪問
1月/フェルナンデス国防相が日本を訪問
ヴィバウ氏は朝日新聞より取材をうけ、「インド人頼っちゃおう」というテーマでインドセンターとパソナによりITを中心とした人材交流を行うという日印IT構想を発表した。
1月/日印両国で緊張関係が続いていたが、日本とインドのパートナーシップの意味を説明するというインドセンターのイニシアティブにより、日印親善訪問団を日本に招待する。 広島訪問をはじめ、故小渕総理との会談、国会議員との議論によって、関係は復活される方向性へと軌道修正された。

   

1999年
インドセンターはインドに対する意識を変えるための努力を続ける。
11月/ジャスワンド・シン外相(元財相)が日本を訪問

   

1998年
11月/東京国際ファンタスティック映画祭は11月3日を「インド映画の日」に指定し、インドセンターは「DDLJ/花嫁はボクの胸に」を提供。主演 インド人女優 カジョールを招待した。
インド映画のブームが始まる。

 
5月13日/インドが地下核実験を行う。
日本はインドへの新規無償資金供与の停止を発表、経済制裁をすることで 日印関係が混乱した。 インドセンターは経済制裁に関係なく民間と民間の相互理解のため インド映画の提供を続ける。
   

1997年
インドセンターは日印のパートナーシップのためには民間交流がキーであることを確信。インド映画による日印のコミュニケーションを計るという目的で、インド映画をメディアとして位置づけ、民間の力をかりて娯楽 映画「ラジュー出世する」の全国上映を実現させた。

池田外相がインドを訪問

日本がインド工業連盟(CII)主催のエキスポ(インド貿易見本市)に パートナー国として参加し、各種文化行事を開催

   

7月 1996
インドセンター設立
ホテルオークラで設立記念パーティーを行う。
国と国とのパートナーシップには、共通のテーマのもと両国の間の
コミュニケーションや、頼りあいのある経済を構築することが必要であり、それは勇気あるイニシアティブによってなされるとの確信のもと活動を始める。

^ TOP